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2024/04
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『あたしの自殺ってなんだろう?』
初めて『自殺』を意識したのは、小学生の頃だった。

何年生の頃だったかまでは覚えてない。

だけど、ある程度知識がついてきたのと、精神的なものが原因だったように思う。


あたしの通ってた小学校は、2年に1度クラス替えがあって。

だから要するに、奇数学年で決まったクラスは次の年もそのまま、ってやつなんだけど。

小学校3年から卒業まで、同じクラスに、嫌悪していたけれど、やたらいろいろな

活動やらでグループが同じだったり、席の近い人間がいた。

嫌悪してた、ってのは正確じゃないかな。

どっちかっていうと、向こうがあたしのこと嫌ってるのがわかってたから、

段々とこっちも嫌になったきた、って感じ。

それを筆頭に、小学校6年の頃には嫌な人間が結構いて。

むしろ、クラス全体にあたしを嫌ってる空気があったのかな。

いじめられてるんだか何なんだか、境界線がわからなくてどうしようもなかった。

もしかしたら、いじめられてたのかもしれない。

もしかしたら、ただ嫌われてただけかもしれない。

特にその中でも完全にあたしのこと嫌ってる人間達が、出席番号近くて。

卒業式の予行練習は地獄だった。

だって、座るイスが隣だったり前だったりするんだよ。

しかも、それ達がヒソヒソ話すのが微妙に聞こえるし。

卒業式の予行なんて、何時間もかけてやるじゃない?

嫌で仕方なかった。

そこで聞こえてきた言葉のせいで、ある服が着られなくなったこともあった。


話が逸れたね。

元に戻すけど・・・そんなこんなもあって、

あと今もそう変わらないけど・・・親にも・・・家族にも、『家庭』というものにも

どうしても嫌悪感を持ってしまって。

頭上を飛び交う父親の怒鳴り声。

母親のヒステリックな怒り。

その場を凍らせる、心を凍らせる父親の機嫌。

母親のボソボソと呟かれる不満。

加えて、祖母の存在による溜まっていく父親や母親のストレス。

勿論、あたしにもその余波は来たのだけれど。

全てから逃れたくて、本気で『自殺』を意識した。

考える死に方なんて、幼稚なものだったかもしれないけど。

でも、純粋にこの世からいなくなってしまいたかった。


だけど、あたしは死ななかった。

自殺未遂もしなかった。

リスカもしなかったし、首を絞めることもなかった。

飛び降りることも、なかった。


それは、あたしが生きるために張った意地によって辛うじてなされていた。

『アイツらごときのために、このあたしがどうしてこのあたしの人生に、

自ら自殺だなんて汚点をつけて人生の幕を閉じなければならないのか』


『自殺』=『このあたしの人生にわざわざ汚点を付けること』

そう思うことで、やっとのことであたしは生きてきた。


傲慢とも言えるほどに高く作り上げた、プライド。

苦しみの根源の連中を嫌悪して、あたしを守るために『あたしは清潔だ』と思い込んだ。

じゃないと、生きていけなかった。


だから、ずっとそう思って生きてきた。

あれ達なんて、同じ“ヒト”だなんて認めてあげない。

『あの人達』とか『アイツら』だなんて呼んであげない。

『自殺』は『汚点』だ、あたしには許されない。

『自殺』に対してそんな折れそうな、だけど真っ直ぐなプライドを保つことで、あたしは生きてきた。


だからむしろ、うつ病になって、『死にたい』と思ったのが久しぶりだった。


だって、これもまた別の、幼い頃からの・・・最早信念とも言えるものだけど、

あたしの『死』の夢は『交通事故の被害者として死ぬこと』だったから。

高1の時、部活の友達とたまたまその話になって、びっくりされたけど。

その夢だって、小学生の頃にはもう固まっていたから。

あたしの中で、当たり前だったから。


そんな2つの『死』に対するあたしの中の“当たり前”が、

うつ病になって、何ヶ月か経って、しんどくて苦しくて仕方なくなった時、

初めて崩れた。


今思うと、びっくりだけど。

今までどんなに苦しくて、嫌悪して、憎悪して、醜い感情に囚われて

どうしようもなくなった時だって、その“当たり前”によって辛うじて守られていた

『生』が、ゆらいだ。


『死にたい、苦しい、この世からいっそ消え去りたい』

『この苦しみから解放されたい』


襲ってくる不安、焦燥感、苛立ち、言いようのない苦しみ。

薬が効かない、足りない、わかってもらえない。

今までプライドと“当たり前”によって表に出てこなかった『自殺』が、

リアルになる。

あまりの苦しさに、そんな“当たり前”すらも頭を過ぎらない。

今も、“当たり前”は薄らいでいる。

いつか本当に、自殺する日が来るのかもしれない。


うつ病が治るのが先か、死ぬのが先か。





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私も小学生の頃ですね。
私は、両親に言いました。「ここから飛び降りたら死ねるかな?死にたい。」
でも、両親は相手にしませんでした。
私が死ななかったのは、自分は才能があって将来有望なんだって、理由のない思いこみがあったからです。
もう、今は両親に「死にたい」なんて言えません。
心配かけたくないので。もう大人なので。
ただ、今は、自分は才能があって将来有望だなんて思ってません。むしろ逆です。
あとは、私の決断だけです。

まとまりのない文章ですみません。
生きていればうれしいことや悲しいことが必ず訪れます

自殺だけはぜったいだめだお;w;
むすこ様へ
コメントありがとうございます。
なのに、お返事が遅くなり、申し訳ございません。

そうですね。
ただ、生物学的に『生きる』だけなら、きっと難しくないことだと思います。
とにかく、食べて、眠って、っていうのが出来ればいいわけですもんね。

お母様、最近は調子が良いのでしょうか?
良かったですね。
やっぱり見守っている方としては安心ですよね。

コメントありがとうございました。
18様へ
コメントありがとうございます。

ご両親に直接『死にたい』と言えたなんて、私からすると驚きです。
18様はご両親に対してぶつけることが出来たのですね。
それを受け止めてくれない親というものは、やはり子どもからするとつらいですが・・・
18様は、『自殺』に対する考え方も、きっと私とは違ったのですね。

私は今も昔も、自分のことをそんな風に良い将来が待っているとは思えませんでした。
昔は、漠然と人並み程度か、少しつらいくらいの生活は出来るかもしれないとは
考えていましたけれど。
進学して、就職して、結婚して、子どもを作って、子どもを育て、
老いを迎え・・・そんな多くの人達が営む人生。
今は、そんな風になれるなんて考えられません。

あとはご自分次第だというのなら、もうご両親に心配をかけることなんて
気にせずにいればいいのでは?

コメントありがとうございました。
ワン子そば様へ
はじめまして。
ご訪問、コメントありがとうございます。

確かに、このつらい日々の中にも時折小さな楽しみや喜びもあります。
それを忘れないようにしたいです。

コメントありがとうございました。
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砂雪

Author:砂雪
うつ病で自宅療養中、高校3年生の砂雪のブログです。

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